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「自分」を手放すこと① の続きです~


私は、仕事上で、生体反応(体の反応)をとることがよくある。


  ※ 「生体反応をとる」というのは、
     
    さまざまな事象に対して、自分の体がどのように反応するかを確認する作業。
   
    体は、対象のものが、自分にとって 好ましいものか、そうでないものか を、

    はっきりと示してくれる。

    (自分に合うか合わないか。自分にとって真実かそうでないかetc.)

    この反応を使って、自分に合う薬を見つけたり、

    自分に合う方法や、時期を知ることができる。




このことについても、いろんな誤解や批判がやってくる



「生体反応なんかとってどうするの?

そんなことしてないで、自分の思うように、好きなようにやればいいじゃん!」




「生体反応をみる」ということが、「占いに従う」的にとらえられることもあるし、

「安易に正解を得ようとしていて、自分を生きていない」と、誤解されることもある。





でも、私にとっては、生体反応をとる(体がどう反応するか見る)というのは

他の誰でもない、「この自分」が、本当は「いい」と思っているのか「イヤ」と思っているのか、

自分が本当はどう思っているのか を

確認する方法にすぎない。




私たちは、大人になるにしたがって、自分の「好き」「嫌い」さえ、

正しく感じられなくなってしまう。




本当は「イヤ」だと思っていても

マインド(顕在意識・エゴの自分) が、

「常識的に考えてそのほうが得でしょう~」と言ったりする。



そうすると、「そうだよね~。そのほうが得だよね」と頭で考えて

「イヤ」という気持ちを、素直に感じられなくなってしまう。





また、本当は「これがいいな♪これが好き♪」と感じていても、

マインド(顕在意識・エゴの自分) が、

「いや、常識的に考えてそれはないでしょう。こうするのが当然だよ」と言う。



するとまた「そうだよね~。普通に考えてありえないよね」とマインドに翻弄されてしまい

自分の「好き♪」が見えなくなってしまう。




体は、頭(マインド)と違って、とっても素直で正直だ。


嫌なものには、ちゃんと「イヤ!」という反応をしてくれる。

好きなものには「好き♪」の反応を、しっかり出してくれる。



そして、自分が「好き♪」「心地いい」と思うものは、

頭でどう考えようとも(たとえ「そんなの損だ」「人から受け入れられない」「まずい」と思っても)

自分や周りの人たちにとって、必ず、プラスの影響を与えてくれる。





だから、私は、生体反応をとることを通して、いつも自分に聞いている。

「あなたはホントはどうしたいの?

どうするのが嬉しいの?」






<生体反応をとる・チャネリングをする = 自分を忘れてる

と思われがちだけど、そうではない




生体反応をとる・チャネリングするということは

無意識の自分(本当の自分)が、どう考え、どう思っているのかを、確認する作業

であり、自分を大切にする、ということなのだ。



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テーマ : スピリチュアル - ジャンル : 心と身体

この仕事は、残念ながら、まだなかなか周囲から理解してもらえない・・・

宗教だとか、何かにはまっているとか、洗脳されているとか、危険だとか・・・

そういう風に言われることは、ある程度慣れっこだけど、

でも、とても残念な気持ちになったり、悲しくなることは多い。



「自分」をちゃんと感じて

「自分」としっかりと繋がって

「自分」の視野を広げていくことの、

何が危険なんだろうか~と、不思議に思ってしまう。




「何か怪しいことにはまっている」と、周りは言うけれど

私は「自分」と繋がりたいだけ。

「自分」を知りたいだけ。

(ここでいう「自分」っていうのは、意識を拡大した「おっきな自分」のことを指してます)




”チャネリング”っていうことを、

自分を捨てて、怪しい目に見えない人たちの言うなりになること」って、

誤解する人がいる。




でもそうじゃない。



だって、高次の人たちって、

自分の中にある、拡大した意識

のことを言うんだもの・・・。



外側に、自分以外のどこかにいる人じゃない

んだもの・・。




でもそれをなかなかうまく伝えられない・・




同じ業界にいる人からさえも、しょっちゅう誤解される。

「チャネリングをしてる=自分がない」」

「チャネリングに従うなんて、自分の人生、生きてないじゃん」

「そんな他人の言いなりになってどうすんの?」





う~む・・・私は、他人の言いなりになりたいんじゃないんだぁ・・・

そうじゃなく、私は、私自身の本質的な部分の声 に従いたいだけなの。




私たちは、いつも、とっても狭い「自分」と思い込んでいるパターンにはまっている。

(いわゆる「エゴ」 にはまってしまっている)


エゴは、自分の本質的なものとは違う。本当の自分自身とは違う。

生きてくる間に身に着けてきた処世術であり、鎧であり、着ぐるみのようなもの。



その中には、過去生の経験から、魂のレベルで身に着けてきたものもあるし、

今回の人生で、周りから教えられたり、自ら拾って学習してきてたものもある。

自分を守り、生き抜くための、武器であり武装。




私たちは、そのエゴというパターンを「自分自身」だと勘違いしがちになる。



そしてそのエゴに従って、いろいろなことを勝手に思って、判断して、

「どうせ誰も私のことを信じてくれない」「私はダメだ」「私には愛される価値はない」

「強くなければいけない」「やっぱりあの人も私を裏切った」などなど、

いろんなことを思って、泣いたり笑ったり恨んだり怒ったり、

一人芝居 をしている。




その一人芝居も、たしかに楽しいことではあるのだけれど

(私も、例にもれず、いつもこの一人劇にはまって、あーだこーだと言ってる・・・



でも、そうやって、一人一人が、自分のエゴに翻弄されて、

本当の自分を見失ってしまったことによって、

互いの間に、嫉妬や競争が起こり、恨みや責任のなすりつけ合いが生まれ、

人をコントロールしようと必死になり、結局、自分のことも傷つけてる。



もっと、大いなるもの ( 自然、宇宙、おっきな自分の意識・
本質的な自分の意識
 )に、耳を傾けて、自分を少し預けることができたら、

もっと人は楽に生きられるんじゃないか、って思う






エゴは、いつもうるさく騒ぐ


「私を認めろ」

「私が正しい」

「私は本当はすごいんだ」

(その裏返しで「私はダメだ」)


「私」「私」「私」・・・・





そのエゴが暴走した状態が、今の社会を作りだして、

自然な生き方を難しくして、自然を破壊して、

ひいては自分自身を苦しめているんじゃないかな。






自分が、エゴまみれになっていて、 実は何もわかっていない

のだと知ること、

大切なことを見失っている のだと自覚すること、



その謙虚な気持ちが何よりも大切なことだと思う。








私たちは、会社でも、社会でも、学校でも、

目上の人、先輩、経験者の話やアドバイスを

しっかりと聞くことが大切だ
」と教えられる。



本当にそうだと思う。



もちろん、先輩方からのアドバイスの中には、自分が同意できないものもある。

「私は違うな~」と感じることもある。

そしたら、それはそれで聞き流せばいいのであって、

まずは、経験者の話をよく聞いてみて、

そして、もしかしたらそうなのかもしれない、そこに何かあるのかもしれない、と思ったら、

一度、素直に従ってみる、という姿勢が大切ではないかと思う。

(私はガンコな性格だから、なかなか素直に従えないことも多いのだけど・・・






「先人の教えを大切にする」


「先輩に教えていただく」



私が、仕事上で、チャネリングをする理由は、ここにある。



※ チャネリング=意識を拡大すること。
 
  意識の焦点を、いつもの「エゴの自分」から少しはずして、

  より拡大した意識にフォーカスする(チャンネルを合わせる)こと。





チャネリングで繋がる、周波数の高い次元の人たちは、

もちろん、自分の一部なのだけれど、

別の視点から説明すれば、自分よりも、より広い視野でものを見ている人たちであり、

そして、かつて、この「エゴ」まみれになっている私と、

同じプロセスを通ったことのある先輩でもある。


一言でいえば、地球人の先輩





今、地球にいる私たち(自分自身と自分の世界)は、

もうにっちもさっちもいかなくなっていて、

どーしたらいいものやら、自分たちにはわからなくなっている。



自分たち自身のこともよくわからないし、社会も行き詰って、

自分たちが破壊してきた環境のこと、地球のこととなると、もっとお手上げ状態・・・



自分たちでなんとかしようとあがけばあがくほど、

なんだか違う方向に行ってしまったりして・・・。





そういう時に助けになるのが、先人の知恵




もちろん、先輩たちが何と言おうが、納得できないことはいっぱいある。

そういう時、当然ながら、私は従わない(従えない)



だって一番大切なのは自分自身だから




私にとっては、自分がどう思うかが一番大切。

どんなに未熟な自分であったとしても、常に自分に正直に、

自分に従うことを、最優先にしたいと思っている。



自分をわきに置いて、納得していないのに、言われるがままになる、というのは、

一番嫌なことだし、悲しいこと。






でも、先人の導きの中に、

「なるほどなぁ・・」

「今の私にはよくわからないけど、でも、ちっぽけな私の意識では

わからないこともあるんだろうなぁ」

「そうかもしれない」

と思うことがあれば、

とりあえず、一旦、そのアドバイスを受け入れてみようかな、と思う。




もちろん自分の中に答えをきちんと持っていれば(答えを見つけたと感じていれば)

誰のアドバイスも聞く必要はないけど、

どうしたらいいものだか、全くわからなくて、「ヘルプ!」の状態の時には

素直に従ってみることも、よい選択肢だと思う。




私は、こういうガンコな性格だから、

最初のころは、高次のアドバイスをほとんど聞かなかった。




「え~、そんなのヤだ

「そんなんじゃうまくいかないよ~」

「言ってることはわかるけど、そんなの怖すぎてできない

「そんなのきれいごとじゃん。私たちの世界はそうじゃないの

などなど・・・。





それで「自分で!」「自分が!」「自分のやりたいように!」と

そんな感じで、さんざんやってきた。

(ここでいう「自分」は「エゴの自分」)





そんな時は、毎回、きまって後になって、苦笑いをする結果となる



「あーあー・・・言われてた通りだった」

「あの時のアドバイスはこういう意味だったのか」

「あちゃ~、わかっていたのにまた失敗しちゃった」

「最初からそうしておけばよかったぁ・・・





もちろん、いろんな失敗もタメになるし、決して無駄ではないと思う。



壁にぶつかりながら不器用に生きていくことも、とってもスリリングで楽しいことだし、

一見、遠回りしているように見えても、大きな失敗をして、思いっきり頭を打つことで、

結局は近道だった、ってこともある。




でもそこは、さすがに、よくわかっている先輩方。

(何度も繰り返しになるけれど、これは、自分以外のだれかではありません~。

現実の自分よりももっと意識が拡大した、おっきな自分のことを指しています)



実際に頭を打つ必要があるときには、ただ見守っているだけで、

余計なアドバイスは絶対にしない。(してくれない)




何が一番、私の成長になるのか
それを一番大切にしたアドバイスだから、

経験しないとわからない、体験しないとわからないことに対しては、

おせっかいなことはしない。

ヒントも答えも、何も教えてくれない。




(だから、もどかしいことがよくある・・。

どうしたらいいのかわからなくて、どっちに行ったらいいのかわからなくて、

何かヒントが欲しいと、藁をもすがるような気持ちで願っているのに、

そういう時に限って、チャネリングをしても何もわからないか、もしくは

「自分の好きにやってみてはどうですか?」と言われてしまうことが多い





たしかに、やみくもでも、めちゃくちゃでも、

自分がやりたいようにやって、ぶつかりながらも前に進んでいく人生は、

とってもおもしろいし、それが人生の醍醐味だとも思う。




だから、私は、プライベートな時間に、チャネリングをすることはまずない。

だって、私は私の好きなように生きていきたいから

たとえそれが不器用な生き方であったとしても、

涙と鼻水にまみれたグダグダ人生であったとしても、

きれいに、器用に生きるよりも、そんな人生を楽しみたいと思うから





でも私の場合、「仕事」となると、ことは違ってくる。




この仕事をさせてもらっている先には、ぜひとも実現したい目的がある。

繋がりたい人たちがいる。



プライベートの、とりあえず楽しければいい 私がよければいい

という時間とは違って、




こんな未熟な私だけれど、どんなお役にたてるだろうか、

どうすれば、よりよいものを提供できるだろうか、

自分がどう変われば(何に気付けば)、みんなや世界がよくなっていくだろうか・・





そのことに焦点が移る。





だから、「自分のやり方」「自分の考え」「自分の気持ち」も、もちろん大切なのだけれど、



もう少し違う視点から見たらどうだろうか

高い視点から見たらどうだろうか

他のやり方、考え方はないだろうか

これは、相手からすればどうだろうか

私はなぜそのやり方にこだわっているのだろうか・・・




そういうことを、先輩方のアドバイスを参考にしながら、しっかりと観ていきたいと思っている。


そして、正すべきところがあれば、素直に正していきたい。







私にはやりたいことがあるのだけれど、

でも、今の自分ではまだまだ未熟で、そこには近づけない。

私の夢はまだまだ遠い。





もっともっと見地を広げて、経験を積ませてもらって、心を洗って、意識を変えて、

成長していかなければ何もできない。

「自分」と思い込んでいる枠組みを超えていかなければ、やりたいことができない。

そして、私は成長していきたいと思っている。





そのためには、「自分」という一つのパターンに固執するのではなく、

「自分」というものを、少し違う視点から、見つめなおしてみることが

必要なことだと思う。




だから、自分が気が付いていない点に、気付きをもらえるチャネリングは、

私にとってはとてもありがたいこと

違う視点から見た景色が見える



(つづく







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