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ちょっと前の話になるのだけれど・・・

(すっかり乗り遅れている話題なんだケド~(^▽^;)笑)

『 妖怪人間 ベム ベラ ベロ 』 観ましたか~



ちょっとせつないけど、興味深いお話でしたね

亀梨君もカッコよかったし、福くんもかわいかったし、杏さんもステキだった



毎回観ていたわけではないのだけれど、

最終回を、たまたま観ることができました




***** ここからネタバレ注意です(^_^;) ******




最終回で、『名前のない男』の人、殺されちゃいましたね・・(>_<)


『名前のない男』の人っていうのは、妖怪人間なんだけど、

人間がこの男に出会うと、自分の中に巣食っている憎しみや嫉妬などの

悪の心に翻弄されて、いろいろな悪事を働いてしまう。




最終回になるまでは、私も『名前のない男』の人が出てくるたびに、

「もう、やめてよ~~!余計なことしないでよー」って思いながら観ていたんだけど(笑)

最終回の彼の言葉を聞いて、なんだかせつなくなってしまいました





「人間は、善と悪を併せ持つ生きものだ」

「私は人間の悪を解放し続ける」




彼もまた、人間の成長のために、大切な役割を果たしてくれている存在だと思うので、

「邪魔者」扱いで殺されてしまったのが、少し残念でした(;_;)




たとえ彼を殺したとしても、それではバランスがとれないために、

また、悪を象徴する存在は現れ出てくるだろうし、際限のない争いになっちゃうよね。。。



それに、善とか悪とか、いい人とか悪い人とか、正義とか、

それって一体何を基準に、私たちは判断しているんだろう・・・。





ベムたちは、悪の心を持たない「善」のみの存在だという設定だから、

彼らが「悪」を理解できない認められない受け入れられない

というのは、仕方のないことなのだと思うし、

「自分たちがいなくなったら人間を助けられない」という

彼らなりの論理もわからないではないのだけれど・・・

(そして、それが彼らの役割だと思うから、きっとそれでよいのだと思うけど)、

でも、『 名前のない男 』の人も、ベムたちと同じくらい必要な存在なのだと思います。





ベムが銀行強盗犯に言っていた言葉


「生きていくのが苦しくなる事もあるだろう。

 そんな時、人間は悪の心を持ってしまう。

 だが、それにあらがい、必死に生きていこうとできるのが人間だ。

 投げ出さないでくれないか? 人間である事を」




その言葉通り、人間は、悪の心を内に持ちながらも、

自分でそれをしっかりと自覚して、認めて、

その上で、善の心を選択していく強さや、自分自身をコントロールする強さを

身に着けていく必要がある
のだと思う。




「自分を知る」というのは、自分の中にある善なる部分だけでなく、

目を覆いたくなるようなネガティブなドロドロした部分にも光を当てて、

明るみに出して、しっかりと直視することが必要で、

それを認め、受け入れられたとき、人間として一つ成長できるのではないかな~。





妖怪人間の人たちだけでなく、私たちも人間として、

お互いに、そういった役割を担い合っていますよね




相手にとってイヤな役割をして、

相手の中にある、ネガティブな部分を引き出す役目をしていたりする




だからこそ、人間関係は、何かとムズカシかったりして

怖くなったり、もうイヤだ~ってなったり、しちゃうのだけど・・・(^▽^;)



でもそれも全部、自分の中にあるネガティブな部分、

みたくない部分を見せてくれる、ありがたい関係性



自分の中の認めたくない部分を刺激して、

吐き出させてくれるような人間関係があるからこそ、

私たちは自分を認識することができて、成長していける





昨年あたりから特に、私の回りでも

これまでに溜め込んできたいろんな感情が爆発したり、

自分や他人を偽ってきたいろいろなウソなどが、明るみに出ざるを得なくなったり、

自分の中の恐怖が現象化して、困った状況になっている話をよく聞きます

(私もそのひとり~^^;)



でもこうやって、自分の内側に抱えてきたものを、一旦、全部降ろすことで、

私たちは、きっと新しい一歩を踏み出せるんだろうな~




「悪」を内在している私たちは、

自分の中のあらゆる側面を受け入れていく勇気をもたなくちゃだなぁ~~

それが、人間である私たちのやるべきことだな~と改めて思ったドラマでした









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生きていると、日々、いろんなことありますね

いろんな感情が、やってきては去っていくぅ~~~ 



私と、がっぷり付き合ってくれている人たちは、

きっとみんな思ってると思う。


「まったく、怒ったり、泣いたり、忙しい人だなぁ

「またひとりで熱くなってるよぉ~~~

「あぁ・・また泣いてる

「さっきまでのことはそっちのけで、もう笑ってるし。もうついていけない・・・



私は、喜怒哀楽がコロコロ変わるから、

たぶん、とっても扱いづらいと思います とほほ・・・

この場を借りて、すんませぇん~~~




でも、こんな私も、幼いころから20代半ばまでは

感情を全く外に出さないタイプでした。



腹が立っても表現しない

悲しくても「悲しくない」と自分に言い聞かせ、

表面上、ニコニコして、本当の気持ちをごまかしていた。



だいたい「ストレス」って言葉が理解できなかった。

「ストレスってなんだろう?私は別にないけどなぁ~~???」


実際にはいろんな状況があって、

心の中には、ドロドロしたものもいっぱい渦巻いていたはずなのに(汗)

恐ろしいほど、自分の感情にフタをして、「何でもないふり」を常に装っていた。

(今考えると、コワい~~~



これは小さいころからだったなぁ~~~。


幼いころから、子供らしくダダをこねたり、ぐずぐず言ったり、

家族の前で泣いたり、怒ったり、文句を言った記憶がまったくない。



常に無意識に、どうやって自分の内側に湧き上がってくる感情を

抑えようか、バレないようになんでもない風を装おうかと、

そればかりにやっきになっていた気がする。



だから、大人になった時にはすでに、

自分が怒りたいのか、泣きたいのか、悔しいのか、寂しいのか、

それ自体が、よくわからなくなっていた。

(今考えると、だから精神的に病んじゃったんだよね



でも、現代は、そういう状態になっている人、とても多いですよね・・・。

特に会社などでは、そうしないとやっていかれない部分もあるんだろうし・・・



私の場合、このクセ(質)は、

いいのか悪いのか、結構、仕事上は役立ったりする(^_^;)

なんでもないフリをするのが、ある意味うまいので、

すごくつらい時でも、それを見せずにやり過ごせたりする。



私のことをあまり知らない人には

「悩みなさそうですよね~

「え?怒ることあるんですか?ほんとに?」

「またまた~。そんな困っているようにはとても見えないですよ

と言われたりするのだけど、その分、ちょっと突っ込んで付き合うと、

「えぇ~~そんな感じなの」とびっくりされちゃったりもする(笑)

だはは・・(^_^;)





そんな私のところにも、20代前半に子供たちがやってきてくれて、

未熟な母親の私とがっつり向き合ってくれたおかげで

イヤでも、自分の感情と向き合わざるを得なくなった。



そしたら・・・・



もうでてくるわ、でてくるわ


これまでため込んでいたいろんな感情が

爆発的に溢れ出して、まったくコントロールができなくなった




自分の中から溢れ出てくる、とてつもない大きな怒りや憎しみ、

悔しさ、悲しみ、寂しさ・・・

これまで押さえつけていた分、ネガティブな感情が恐ろしい勢いで流れ出した。

全てをぶち壊したい衝動を伴うような激しい怒りに、

自分でも「私は悪魔じゃないのか」と思ったことが何度もあった



感情に翻弄されるのが、つらくて苦しくて、

この激しい感情をとにかくなくしたい穏やかになりたい

と、すごく思っていた。




でも今は、怒りや悲しみを感じることが、ある意味楽しくなりました

(マゾみたい(笑))




ネガティブな感情を感じている時は、やっぱり苦しいのだけれど、

でも、怒りや悲しみを感じるたびに、

泣いて叫んで、怒って、思いっきり表現すると、

そのあと、とっても素敵な変化が自分にやってくる



(表現するときは、周りに迷惑をかけるので、

なるべく一人の時間と場所を作って、一人で発散しるように心がけてマス(^_^;)

でも、パートナーを付き合わせてしまうことも、多々あって

またまたこの場を借りて・・・ごめんね&ありがとう)




感情のままに、泣いたり暴れたり(笑)しながら

もう一人の自分が冷静に分析している。


「なんでこんなに私は怒ってるんだろう?」

「本当はどうしたいと思っているんだろう?」


そうやって自分に問いかけながら、さんざん感情を表現してみる。



すると、自分の中に、びっくりするほどはっきりとした

「信念」(思い込み)や、

「想い」があることに、はたと気づく。


(最近、改めて気付いた「信念」は、

「自分勝手になってはいけない」「みんなの調和を優先しないといけない」

というものでした(^^;))




あ~私の中にこういう思い込みがあったから

こんな体験をしていたんだぁ~~~

気付かなかったぁぁぁぁ~~~!

そうだったのかぁぁぁぁぁ~~~~




そこまでくれば、あとはもうこっちのもの



「じゃぁ、これからどうしていきたいの?」


答えが自分の中からどんどん出てくる




その時の気持ちの良いこと、気持ちの良いこと




「わかったぁ~~~な~んだそうかぁ~~~

「こうすればもっとよくなるのかぁ~~~わぁ~いわかったぞ~」




そして、これまで怒ったり泣いたりしていたその事象に

心から感謝できる



そしてその段階までくれば、問題だと思っていたことの

解決方法も簡単にわかる




自分に課していた制限を超える瞬間

自分の前に立ちはだかった壁が崩れる瞬間




あぁ~~きもちいぃ~~~~

すっきりするぅ~~~~~

たのしい




これ、やみつきになっちゃうんですよね~

(やっぱりマゾ(笑))





だから、強烈な感情が上がってくると

もう一人の自分が

「チャ~ンス よ~しこの気持ちと向き合ってみるぞ~~~

とワクワクする




その作業の途中が、なんとも楽しい

そして制限を超えられた時の、とてつもない解放感と喜び



感情って、本当にありがたい

ネガティブな感情って、私たちにいろんなことを教えてくれる

とっても大切なお友達



辛いとき、苦しいとき、その感情をごまかすのではなく、

感情をうまく使いながら、自分と向き合っていけたら

それを許してもらえる環境ができたら、

みんなもっと楽になれるかもしれない、って気がします






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